つづく日常 (その1)
2007年3月1日君の描く世界は嘘みたいに綺麗で、
透き通ったその世界の中僕はゆるゆると沈殿してゆく。
「ねえ、ヨウイチ。土曜日って眠くならん?」
さっきまで机に向かって
(おそらく明々後日提出らしいレポートを書いていたのだろう)
黙々と資料をめくっていたヒナがくるり、と椅子ごと回転してこちらを向く。
普段はコンタクトレンズをいれているおおきな瞳は眼鏡のレンズ越し、すこし小さく見える。
「…ならん」
紅茶に大量のコンデンスミルクとウォッカを入れた飲み物を時々かき混ぜながら飲んでいた僕はソファの上、三秒だけ考えた後に答えた。
ここにくる度に思う。この家のソファは快適だ。
色彩というものの殆どないこの部屋の中であざやかなブルーだけが際立っていてとてもうつくしい。
窓から見える景色は昼下がりの惰性に支配されている。
「ふうん」
僕の答えに不服とも満足ともとれないような反応を返し
ヒナはおおよそ三時間ほど座っていたその椅子と机の前から移動した。
白いコットンシャツに黒のジーンズ。
素足の爪に塗られたブルーのペディキュアがすこし剥がれかかっている。
「土曜日よりも、水曜日の方が眠たい」
キチンでお湯を沸かすヒナの背中は肩甲骨がうっすらと透けていて
短く切りそろえられた黒髪とうなじの白さがとても愛おしい。
ケトルのたてるけたたましい音と湯気を確認してインスタントのコーヒを溶かす動作を眺めながらふとそんなことを思う。
「水曜日?」
「そ、水曜日」
溶かしたばかりのブラックコーヒを持ってキチンから戻ってくるヒナのためにすこしばかりずれてソファをあけたけれど、ヒナはそこへは座らず僕のあしもとに直接腰を下ろす。
どうやらレポートはひと段落したらしい。
それきり喋る気配の無い僕等のあいだには沈黙が落ちるけれど
けして居心地の悪いものではなく、寧ろ心地好い種類の沈黙だったのでどちらも口を開かなかった。
今日は水曜日でも土曜日でもない。
眠たくもなければ眠たくなくもない。
しばらく黙ったまま各々カップに満たされていた液体をゆっくりと嚥下する。
僕のあまったるい紅茶は(ヒナはそれを悪趣味だと言ってけして飲もうとしない)もう随分と冷めていたけれど
舌のうえに残るあまさと薄いアルコールは悪くない味だと思う。
「…さんぽ」
「ん?」
「散歩、してくる」
カップに残ったコーヒーを勢いよく飲みほしたヒナがまるで宣言でもするように、それでも不思議と静かな声で言った。
言ったそばから立ち上がりキチンにカップを片付け、ジャケットを羽織る。
こういうときに、一緒にいこう、といわないところがとても好きだ。
「いってらっさい」
ポケットに財布と煙草をいれて、深くて綺麗な藍色をしたあたたかそうなマフラを巻くヒナに
相変わらずソファに座ったままで声をかけた。
「いってきます」
マーチンのブーツを履きながらすこしだけ振り向いてかすかに微笑んだその笑顔に、ひらひらと手を振って僕もにっこり笑う。
ぎいいっという音をたてて一度ひらいたドアーが閉まりヒナの姿を飲み込んだのを確認してから笑顔を引っ込め、僕はその居心地の好いソファから漸く立ち上がった。
「土曜日は眠たい…ねえ」
先ほどのヒナの発言をなんとなく口の中で転がしてみて
ほんじつ三杯目のあまったるい飲みものをつくるため、キチンへとむかうのだ。
透き通ったその世界の中僕はゆるゆると沈殿してゆく。
「ねえ、ヨウイチ。土曜日って眠くならん?」
さっきまで机に向かって
(おそらく明々後日提出らしいレポートを書いていたのだろう)
黙々と資料をめくっていたヒナがくるり、と椅子ごと回転してこちらを向く。
普段はコンタクトレンズをいれているおおきな瞳は眼鏡のレンズ越し、すこし小さく見える。
「…ならん」
紅茶に大量のコンデンスミルクとウォッカを入れた飲み物を時々かき混ぜながら飲んでいた僕はソファの上、三秒だけ考えた後に答えた。
ここにくる度に思う。この家のソファは快適だ。
色彩というものの殆どないこの部屋の中であざやかなブルーだけが際立っていてとてもうつくしい。
窓から見える景色は昼下がりの惰性に支配されている。
「ふうん」
僕の答えに不服とも満足ともとれないような反応を返し
ヒナはおおよそ三時間ほど座っていたその椅子と机の前から移動した。
白いコットンシャツに黒のジーンズ。
素足の爪に塗られたブルーのペディキュアがすこし剥がれかかっている。
「土曜日よりも、水曜日の方が眠たい」
キチンでお湯を沸かすヒナの背中は肩甲骨がうっすらと透けていて
短く切りそろえられた黒髪とうなじの白さがとても愛おしい。
ケトルのたてるけたたましい音と湯気を確認してインスタントのコーヒを溶かす動作を眺めながらふとそんなことを思う。
「水曜日?」
「そ、水曜日」
溶かしたばかりのブラックコーヒを持ってキチンから戻ってくるヒナのためにすこしばかりずれてソファをあけたけれど、ヒナはそこへは座らず僕のあしもとに直接腰を下ろす。
どうやらレポートはひと段落したらしい。
それきり喋る気配の無い僕等のあいだには沈黙が落ちるけれど
けして居心地の悪いものではなく、寧ろ心地好い種類の沈黙だったのでどちらも口を開かなかった。
今日は水曜日でも土曜日でもない。
眠たくもなければ眠たくなくもない。
しばらく黙ったまま各々カップに満たされていた液体をゆっくりと嚥下する。
僕のあまったるい紅茶は(ヒナはそれを悪趣味だと言ってけして飲もうとしない)もう随分と冷めていたけれど
舌のうえに残るあまさと薄いアルコールは悪くない味だと思う。
「…さんぽ」
「ん?」
「散歩、してくる」
カップに残ったコーヒーを勢いよく飲みほしたヒナがまるで宣言でもするように、それでも不思議と静かな声で言った。
言ったそばから立ち上がりキチンにカップを片付け、ジャケットを羽織る。
こういうときに、一緒にいこう、といわないところがとても好きだ。
「いってらっさい」
ポケットに財布と煙草をいれて、深くて綺麗な藍色をしたあたたかそうなマフラを巻くヒナに
相変わらずソファに座ったままで声をかけた。
「いってきます」
マーチンのブーツを履きながらすこしだけ振り向いてかすかに微笑んだその笑顔に、ひらひらと手を振って僕もにっこり笑う。
ぎいいっという音をたてて一度ひらいたドアーが閉まりヒナの姿を飲み込んだのを確認してから笑顔を引っ込め、僕はその居心地の好いソファから漸く立ち上がった。
「土曜日は眠たい…ねえ」
先ほどのヒナの発言をなんとなく口の中で転がしてみて
ほんじつ三杯目のあまったるい飲みものをつくるため、キチンへとむかうのだ。
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