8月31日の日記
2007年7月31日これはおなじみ枡野浩一氏がブログで書いてた。
読んで、ほんと泣きそうになったよ。
この一行とタイトルだけだったんだけど、タイトルが
『五年後そして十年後』
まあ、ね。
多分べつに泣きそうになって欲しくて書かれた歌じゃあないかもな
とも思うし。
実際これで泣きそうになる知り合いってのも少ないと思う。
でもでもでも。
マイミクシで繋がってるひとのなかに、何人か、いるかもな。と。
ちょっと思った。誰とは言わんけど。
そういえば。
僕、これが平均なのか多いのか少ないのかわかんないんだけど
実感として多いな、と思うのが知り合ったひとの数。
知り合い、というか。
顔も名前もわかって喋ったことのあるひと、というか。
僅かながらも接触点のあったひと、というか。
そういうひとの中にたまに、
あ、このひとと見てる景色が似てるな。ってひとがいたりして。
逆にまったく違う風景を見てるひともいて面白い。
だからなんだっていうんでもないんだけどね。
愛してる子に「おまえと一番世界観が似てる」って云われたときは
なんか無性に嬉しかったなあ。
理解してるわけじゃないんだけど、理解できるのかな。と。
相互理解を放棄してるからこその理解、というか。
感覚的了解みたいなもの。
僅かなことばで了解しあうのも好きだし
(言葉が通じるひと相手なら)差異を理解するために、見てるものを伝えるために言葉を重ねるのも好きです。
とりとめもなく拡散してゆくなあ。
情報量と、共有する景色とは必ずしも比例しない、ってことか。
なんかわかんないけど、どうでもいいことをだらだら喋りたい。
どうでもいいことってか、生産性のないこと。
ねっころがったままで喋る、とかそういう気の抜けた会話がね。
したいなあ。うん。
今日は何時に起きれるんだろう。
バイト先ではヴィジュアル系バンドの唄うたいで、現在ヒモ生活中のらいくんが本日撮影するそうです。
それ見たいから早目にゆこうかなあ。
読んで、ほんと泣きそうになったよ。
この一行とタイトルだけだったんだけど、タイトルが
『五年後そして十年後』
まあ、ね。
多分べつに泣きそうになって欲しくて書かれた歌じゃあないかもな
とも思うし。
実際これで泣きそうになる知り合いってのも少ないと思う。
でもでもでも。
マイミクシで繋がってるひとのなかに、何人か、いるかもな。と。
ちょっと思った。誰とは言わんけど。
そういえば。
僕、これが平均なのか多いのか少ないのかわかんないんだけど
実感として多いな、と思うのが知り合ったひとの数。
知り合い、というか。
顔も名前もわかって喋ったことのあるひと、というか。
僅かながらも接触点のあったひと、というか。
そういうひとの中にたまに、
あ、このひとと見てる景色が似てるな。ってひとがいたりして。
逆にまったく違う風景を見てるひともいて面白い。
だからなんだっていうんでもないんだけどね。
愛してる子に「おまえと一番世界観が似てる」って云われたときは
なんか無性に嬉しかったなあ。
理解してるわけじゃないんだけど、理解できるのかな。と。
相互理解を放棄してるからこその理解、というか。
感覚的了解みたいなもの。
僅かなことばで了解しあうのも好きだし
(言葉が通じるひと相手なら)差異を理解するために、見てるものを伝えるために言葉を重ねるのも好きです。
とりとめもなく拡散してゆくなあ。
情報量と、共有する景色とは必ずしも比例しない、ってことか。
なんかわかんないけど、どうでもいいことをだらだら喋りたい。
どうでもいいことってか、生産性のないこと。
ねっころがったままで喋る、とかそういう気の抜けた会話がね。
したいなあ。うん。
今日は何時に起きれるんだろう。
バイト先ではヴィジュアル系バンドの唄うたいで、現在ヒモ生活中のらいくんが本日撮影するそうです。
それ見たいから早目にゆこうかなあ。
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